犬への炭水化物の必要性(後編)

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 犬に炭水化物は必要でしょうか?

 前編では炭水化物を含む食材や分類、そしてドッグフードに含まれる炭水化物の量について解説しました。この後編では、犬が食事を食べた後、食事に含まれる炭水化物の消化吸収について、そして体内での役割について解説します。

炭水化物の消化

 犬の唾液には炭水化物を分解する酵素(アミラーゼ)がありません。口の中で炭水化物の消化(分解)は始まりませんが、唾液には食事をまとめ、嚥下えんげを助ける働きがあります。嚥下された後、食事に含まれる炭水化物は、膵液や腸にあるアミラーゼによって単糖類まで分解され、体内に吸収されます。吸収された炭水化物は、エネルギー源として利用されるほか、乳糖やビタミンCなど体の必要な成分の合成に利用され、余った分はグリコーゲン(多糖類)や脂肪となり、体内に蓄えられます。炭水化物には消化されない(消化されにくい)食物繊維もあり、体内に吸収されるサイズに分解されないため、腸内に残ります。

 でんぷんは、動物の消化酵素で分解されますが、生の状態だと消化酵素が働きにくく、加工(調理)によってアルファ化(糊化)されると消化酵素が働きやすくなります。お米も生米の状態ではなく、炊飯(水を加えて加熱)してアルファ化の状態(ご飯)になると、消化しやすくなります。一方、冷めたご飯はこのアルファ化が損なわれるため消化率が下がります。ドライフードを作る際に一般的に使用されるエクストルーダー(押し出し機)で製造されたドッグフードでは、炭水化物源は適切に加工されるため、アルファ化が維持され、犬が十分に利用できる炭水化物になっています。

 ドッグフードによく使用される炭水化物源には、小麦やトウモロコシ、ジャガイモ、米などがあります。炭水化物の消化率は、これら原料や加工方法によって異なります。炭水化物源の消化率が高ければ、その食事に含まれる炭水化物(糖質)をより吸収して利用できます。消化率が低すぎることは問題ですが、多少低い程度であれば、消化されなかった炭水化物は腸内細菌の食事になります。また、消化スピードが遅ければ、ゆっくりと糖が吸収されるため急な血糖値の上昇を防ぐことができます。

炭水化物の役割

 炭水化物は、消化酵素で単糖類に分解され体内に吸収される糖質と、消化(分解)されないため吸収できない食物繊維に分けられますが、どちらにも大切な役割があります。

エネルギー源

 単糖類であるグルコースの主な役割は、細胞のエネルギー源です。グルコースは細胞内で解糖系やクエン酸回路、そして電子伝達系という一連の化学反応によってATP(アデノシン三リン酸)というエネルギー通貨を作り出します。ATPは、筋肉の収縮やタンパク質の合成、細胞内から細胞外へのナトリウムの輸送など、さまざまな反応を起こすためのエネルギーを供給します。

 炭水化物から得られるエネルギー量は、消化率によって変わります。糖質のように動物の消化酵素で消化できる炭水化物は1グラムあたりおよそ3.5から4 kcalのエネルギーです。一方、セルロース(食物繊維の一種)のように消化されない炭水化物は0 kcalです。一部の食物繊維は腸内細菌による分解を経て、わずかですが犬にエネルギーをもたらします。

体内の新しい成分の原料

 吸収された単糖類は、母乳の成分であるラクトース(乳糖)やビタミンCの合成にも利用されます。ちなみに、人間やモルモットはビタミンCを合成できないためビタミンCは必ず食事から摂取しなければいけない必須栄養素ですが、犬や猫は合成できるため必須栄養素ではありません。

腸内細菌の栄養源

 食物繊維は動物の消化酵素では分解できませんが、腸内細菌は分解する酵素を持ち、利用することができます。腸内細菌は食物繊維から短鎖脂肪酸(酪酸など)を作り出し、これは犬の腸のエネルギー源などに利用されます。

 オリゴ糖のようにプレバイオティクス効果のある食物繊維は、善玉菌の増殖を促し、悪玉菌を減らし、腸内環境を改善する作用が期待されます。腸の健康のために、乳酸菌のような善玉菌を直接摂取する方法もありますが、このように、善玉菌の食事である食物繊維を摂取する方法もあります。腸内細菌は犬に有益な酪酸やビタミンなどを作りだすため、腸内細菌を育てるためにも、炭水化物である食物繊維の摂取は大切です。

満腹感、腸の運動性、便の形状に影響

 非発酵性食物繊維(例:セルロース)は、動物の消化酵素による消化も受けず、腸内細菌にも利用されません。食事に多く含まれると、便の量が増えます。腸の運動性にも影響を及ぼし、排便を促します。また、水分を保持するため、ほどよい固さの便の形成に役立ちます。食事に多くてもエネルギーにはならないため、食事のカロリーを増やさず、食事の量を増やして満腹感を与えることができ、体重コントロールの必要な犬の食事の嵩増しとして利用できます。

炭水化物摂取の注意点

 炭水化物は糖質として、そして食物繊維として、犬にとって大切な栄養素ですが、摂取しすぎが問題になる場合もあります。

 炭水化物の中でも糖質の摂りすぎは肥満につながります。また、糖尿病のように、血糖値を下げる(細胞内に糖を取り込む)機能が落ちている場合は、消化吸収しやすい糖質の多い食事は高血糖につながるため、注意しましょう。

 食物繊維は通常、腸の健康に恩恵をもたらしてくれますが、多すぎると食事の嗜好性が落ちるだけでなく、軟便になったり、ほかの栄養素の消化率を下げたりする場合もあります。

 ドライのドッグフードの量を嵩増しするためや、お腹の調子を整えるために、食物繊維を多く含む野菜などをトッピングして犬に与える場合があります。通常、トッピングの量で問題が生じることはありませんが、心配な場合は動物病院に相談しましょう。

犬にはタンパク質も脂質も、そして炭水化物も大切です

 オオカミは動物を捕食します。動物はタンパク質や脂質で主に構成され、炭水化物はあまり含まれていません。そのため、動物食(捕食される動物)、すなわち一般的に「肉食」と呼ばれる食事には炭水化物があまり含まれていません。犬は人と一緒に暮らしていく中で炭水化物を利用する能力が上がり、動物のような獲物中心の食事から、より幅広い食事に適応できるように進化しました。

 タンパク質に含まれる必須アミノ酸は、「必須」とあるように、必ず摂取しなくてはいけない量がありますが、必要量以上のタンパク質は、エネルギー源として使われるか、体脂肪として蓄積されます。一方、炭水化物は必須栄養素ではありませんが、効率のよいエネルギー源であり、犬にとっても、犬の腸内細菌にとっても大切な栄養素です。

 タンパク質源である肉や魚は貴重な食材です。タンパク質にしかできない役割はタンパク質に、炭水化物も行うことのできる役割は炭水化物に任せましょう。

 私たち人間とともに過ごしてきた長い歴史の中で、私たちと一緒に暮らす生活を選び、炭水化物をより利用できるように進化した犬ってすごいですね!